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CSR

2017/11/02

【対談】ITが変えつつある「経済学の常識」〜企業は知識を共有するプラットフォームに近づく〜

(右)持田 信樹氏(東京大学 大学院経済学研究科 教授/研究科長/経済学部長)
(左)謝敷 宗敬(新日鉄住金ソリューションズ株式会社 代表取締役社長)

ITはその圧倒的な力で経営・経済を効率化する一方、様々な業界に構造変化をもたらしている。新日鉄住金ソリューションズ(NSSOL)は東京大学で、ITが産業界に及ぼす影響について講義する産業事情「ITと産業界」(全13回)を開講した。これを機に東京大学経済学部長の持田信樹教授とNSSOL謝敷宗敬社長が、経済・経営とITの密接不可分な関係について語り合った。(文中敬称略)

経済学と情報は密接な関係
センサーの活用によって情報の非対称性を解消

謝敷:これまで経済にIT(情報技術)が及ぼしてきた影響は非常に大きかったと思いますが、「経済学」という学問においてもITがかなり影響を与えたのではないかと感じています。持田先生はどのようにお考えでしょうか。

持田:経済学と情報の間には密接な関係がありますので、そこにITが及ぼす影響はもちろんあります。例えばミクロ経済学では、「人々は自分の効用(モノやサービスによって得られる満足)を最大化するように行動するが、その際に完全な情報を持っている」という大前提のもとで理論を構築してきました。ここに「情報」が関係しています。
ところが1980年代に、この大前提に大きな変化がありました。「情報の非対称性(偏り)」に関する研究です。例えば自動車保険の契約では、保険加入者は自分の運転の仕方やスキルを知っていますが、保険会社は知りません。契約者側に情報が偏っているわけです。
このように情報には非対称性があり、それを放置すると新古典派理論が言うほど市場の原理がうまく機能しないことが分かってきました。この研究で2001年に、ジョセフ・スティグリッツら3人の経済学者がノーベル賞を受賞しています。
この新しい経済学の常識に対して、ITが挑戦状を突きつけていると個人的に考えています。米国で注目すべき研究がありました。

謝敷:どのような研究だったのでしょうか。

持田:ITが発達したとき、トラックの運送業にどういう影響を与えるか、というものです。先ほどの自動車保険の例と同様に、トラックの運転の仕方について運送会社と運転手の間に情報の非対称性が存在しています。米国では従来、運送会社は、会社所有のトラックを社員に運転させるとトラックを酷使してその寿命を縮めてしまうため、トラックを個人所有する運転手に外注する方がよいとされてきました。
ところが今は、トラックの運転の仕方を常に計測できるセンサーがあります。運転手がどれだけうまく運転しているかが簡単に分かるようになると、個人のトラック運送業者は減り、業界再編が起こりました。

謝敷:なるほど。車載センサーによって情報の非対称性がなくなってしまったわけですね。センサーを使ったIoT(モノのインターネット)には広範な用途があるので、もっと普及していくと情報の非対称性をめぐる状況はさらに変わっていきそうですね。

SCMが短期的な景気循環を小さくし
情報を取得するコストの低下が企業組織を変える

謝敷:企業情報システムを構築してきたIT企業の立場で言うと、例えばサプライチェーン・マネジメント(SCM)システムが景気循環やGDP(国内総生産)に影響を及ぼしているのではないかと考えています。
SCMは、市場の需要予測をもとに、原材料・部品調達から生産、販売までの一連の流れ(サプライチェーン)をITで最適化して、「必要なものを必要な時に必要なだけ顧客に届ける」ためのシステムです。
結果としてサプライチェーン全体で在庫を減らすことができて、在庫調整の量も小さくなります。我々が開発に携わったSCMシステムでは、在庫量が半分とか3分の1にまで減った例もあります。
こうしたSCMなどのミクロな動きによってマクロなGDPの動きにも変化を与えているのではないでしょうか。

持田:そうですね。ITが景気循環に与える影響はマクロ経済の観点で大変興味深いと思います。さらに言えば、最適な組織のあり方についても、ITは経済学の常識を変えようとしているのではないか、という感触を持っています。オリバー・ウィリアムソン(2009年にノーベル経済学賞を受賞)が開発し、現代の企業行動を理解する中心的な概念となっている「取引コスト」理論がそうです。
取引コストというのは、最適な取引相手を探し、交渉し、契約の履行をチェックするためのコストを指しますが、取引コストがあまりにも高い場合は、そうした取引相手を傘下に取り込む(内部化する)方がよいといわれています。つまり、取引コストの大きさは「企業組織をどのくらい集中化すべきか」という点に大きな影響を与えているのです。
ところが、今はITの活用によって取引コストが大幅に下がりました。すると、取引コスト理論が開発された当時のように「集中化した組織」である必要はなく、むしろITで重要な情報を全社で共有し、イノベーションの芽をたくさん生み出せるフラットな組織の方がうまくいく場合が増えています。
常識が変わり、企業は知識を共有するプラットフォームのような組織に近づいていくのではないでしょうか。

持田 信樹(もちだ・のぶき)氏
東京大学経済学部助教授などを経て1996年から現職、2017年から経済学部長・経済学研究科長。研究分野は財政学。
『地方分権の財政学』や『地方消費税の経済学』など著書多数。
会計検査院特別研究官、世界銀行・国連コンサルタントなども歴任

謝敷:おっしゃる通り、企業は知識を共有するプラットフォームとして進化しているのだと感じます。顧客、生産、流通などに関する社内外の情報をタイムリーに集め、社内の幅広い組織で共有できていますし、情報を取得するスピードもずっと速くなりました。
例えば、ある属性の顧客の間でどんな商品が流行り始めているのか、その需要を先取りして生産、販売した効果がどれくらいだったのかなど、タイムリーな計測ができるようになっています。
特にビッグデータの分析ツールはここ数年で飛躍的に進歩していて、データ分析作業をAI(人工知能)でかなり自動的に実行できます。このようなツールを利用してビッグデータを知識に変換できるようになってきたことも大きいと思います。

日本の強みは、ネットの世界ではなくリアルな世界良質な蓄積データがあり、AI分析にも向く

持田:ビッグデータというとFacebookやGoogleなど米国のネット企業に集中しているイメージがありますけれど、謝敷社長がおっしゃったように顧客情報や生産情報など「リアルなデータ」は日本企業の強みだと思います。そういうリアルなデータをIoTのセンサーで収集し、AIで分析して活用するというのは、日本企業にとって一つの情報戦略になるでしょうね。

謝敷:私も日本企業がこれまでに蓄積してきたリアルなデータに注目しているんです。特にデータの「質」ですね。実は、米国のデータサイエンティストから見ると、日本企業が保有するリアルなデータは質が高く、AIで分析しやすいのだそうです。
データの質が高ければ分析結果の質も上がりますから、日本企業はAI時代に競争優位を生み出せる良質なデータストックを持っているのかもしれません。
新しいタイプのデータや情報を収集できるIoTの取り組みは当然どんどん進めていきますけれども、昔から蓄積している生産管理や設備稼働などのデータもあるので、両者を組み合わせて新しい価値を創造していくべきだと思います。
日本企業のイノベーションは、きっとこのようなところから起こしていくのがよいのでしょう。

謝敷 宗敬(しゃしき・むねたか)
1977年、東京大学経済学部卒業後、新日本製鐵株式会社入社。1987年、コーネル大学経営管理学修士課程修了(MBA)。
新日鉄住金ソリューションズでは、金融ソリューション第一事業部長、取締役企画部長、総務部長などを歴任。2012年から現職

持田:まったく同感です。大学としても、イノベーションに関して取り組むべきことが色々あります。まずはAI技術者の需要が相当高まってきていますので、そういう人材を、規模感を持って育成することが急務です。
それともう一つ、大学の役割として、ITや先進技術を理系の問題として捉えるのではなく、文系と理系を超えた「融合課題」として研究していくことが必要だと考えています。例えば自動運転車。自動運転技術そのものは理系の課題ですが、自動運転車が事故を起こした時の責任の所在を議論するのは文系の課題です。
ブロックチェーンやFinTechについても、技術的な研究はもちろんのこと、法学や経済・経営学の視点からの研究が必要になります。

謝敷:これから学生たちが文系・理系それぞれの専門知識を駆使しつつ一緒になって融合課題に取り組んでいくことには、大いに期待していますし、この融合課題は昨今のデジタルイノベーションの課題とも共通します。
我々IT企業はITのプロフェッショナルとしてテクノロジーの課題に取り組むだけでなく、経営や商品・サービスなど、いわば文系の専門知識を持つお客様と一緒に融合課題に取り組む必要があると考えています。デジタルイノベーションのような融合課題ではお客様との「共創」で新しい価値を創造していく。そういうパートナー関係をIT企業とお客様の間に築いていこうと考えています。
NSSOLが講義する産業事情「ITと産業界」が経済学部の皆さんのよい刺激になって、この世界に挑戦してくれる学生が増えることを願っています。

広報・IR室 プロフェッショナル鹿島 亜紀彦

東京大学で同窓のお二人が経済学とITについて語り合いました。

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